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千葉地方裁判所 昭和23年(行)52号 判決

原告 石橋寛二

被告 千葉市農業委員会

主文

千葉市農地委員会が昭和二三年六月一四日、原告所有の千葉市若松町三六三番山林一町三反八畝二七歩のうち六反八畝二七歩(沼地を中心として沼地を含んで北側の傾斜面七反歩を除外した部分)及び同町三六八番山林一町二反四畝九歩に対してした未墾地買収計画を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、

その請求の原因として、

訴状

昭和二四年四月七日附準備書面

昭和二四年七月一四日附第二回準備書面

のとおり陳述し、

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、

答弁として、

答弁書

昭和二四年四月七日附準備書面

昭和二六年四月二六日附第二回準備書面

のとおり陳述した。

(立証省略)

理由

訴外清宮昇が本件買収計画における千葉市若松町中部落担当補助員であること、補助員が、未墾地買収のための直接の機関ではないが、間接の機関であることは、当事者間に争いがない。清宮昇が清宮惣吉の長男であることは成立に争いのない甲第一号証により、清宮惣吉が森林法違反の罪により昭和一九年三月一一日千葉区裁判所において罰金参拾円に処せられたことは成立に争いのない甲第二号証によつて明かであり、惣吉が原告所有の山林の木を盗伐したことは証人渡辺千葉雄の証言(第一回)によつてうかがわれる。被告提出の証拠によつてもこれらの認定は動かすに足りない。一般に、特別の利害関係を持つた者を行政行為を与えるについて協力せしめないことは、気ままな行政行為がなされないようにするための実体上の保障であつて、行政行為の欠くべからざる要件である。このように関与すべからざる者が加わつてなした行政行為は無効であると考えられている。未墾地買収は開墾適地をすべて買収するのではなくて、数多くの適地のうちから或者の土地は買収しないのに或者の土地は買収するというように買収するについては決定機関の裁量の範囲が広いものである。このような場合には、買収決定のための直接の機関ばかりでなく、それを何等かの意味で補助する機関においても当事者と特別の利害関係にある者の加わることは排斥されなければならない。本件買収には原告と特別の利害関係のある清宮昇が補助員として加わつているのであるから、以上の理由により無効であるといわなければならない。よつてその取消を求める原告の請求は正当である。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 高根義三郎 山崎宏八 浜田正義)

訴状

一、原告は肩書地に住居し田畑一町一反四畝二五歩を耕作する自作農である。而して山林としては同市若松町三六三番一町三反八畝二七歩及び同町三六八番一町二反四畝九歩のみを所有し、之を自家用薪炭採草林としてその原料を採取し薪及び木炭を製して自家用とし農業を経営して来つたもので、右山林は原告の営農上欠くべからざるものである。

二、然るに、昭和二三年六月一四日千葉市農地委員会は根古谷常次郎外一一名の申請により右山林を未墾地として買収する所謂未墾地買収計画を樹てた。

併し右山林は原告が前述の如く自家用薪炭採草林として利用して居るのであつて、之を買収されると薪炭を得ることが出来なくなり農業経営を破壊されてしまうことになる。自家用薪炭林は営農上欠くべからざるものにして、されば農地調整法第一四条の二以下で農家に自家用薪炭林を得させる為め農業林野の使用権設定の途を開いた次第で、従つて本件山林は未墾地買収の目的とすべからざるものである。また本件山林附近には平地林が広範囲に存在し一人にて一〇数町歩或は一〇〇町歩を所有するものがあり、これ等は原告所有山林と同じ地勢の平地林で開墾に適する故に、開墾の為に必要であるとすればそれ等広大な面積の山を買収の目的とするのが当然である。而して千葉市全体を通じ未墾地買収面積は四五町歩であるから、仮りに若松町に於てその全部を買収するとして右一〇〇町歩の山林から買収しても五五町歩は残存することになるのである。然るに二町六反余を買収するに止まるのであるから、これを原告の山林に求めるのは小山林の所有者である原告から自家用薪炭林を奪い隣接の一〇〇町歩にも及ぶ開墾適地たる山林を除外するものであり、不公平極まり、未墾地買収の趣旨を逸脱する違法のものである。

仍て原告は昭和二三年七月七日千葉市農地委員会に異議の申立をしたところ同月二七日異議却下の決定をしたので、更に千葉県農地委員会に訴願したるところ、同委員会は原告営農状態に於ての自家用薪炭採草地としては七段歩にてその支障なしと認め、また他の山林所有者に対しては今后買収措置が公平に進められるのであるから不公平な買収措置とは考えられぬ旨の理由のもとに、同年一〇月二二日訴願人の申立は立たない旨の裁決をして千葉市農地委員会の決定を是認した。

併し原告の自家用薪炭林を七段歩、之は沼地を包含する故正味六段歩なるところ、六段歩にては全く自家用薪炭林の一部を得るに過ぎずして、原告の農業経営は全く破壊せらるゝこととなるのである。

今一歩を譲り社会の為之を忍ぶべしとするも、同一地内に山林一〇〇町歩を残存する者あるとき何人といえどもその不公平を絶叫せざる者非ざるべし。県委員会は将来買収せらるゝものなる故不公平に非ずと強弁するも、未必の措置を以て公平なりとする夫れ自体が不公平なることは深く論ずるを要せざるべし。畢竟本件処分は違法のものなるを以て請求趣旨の如き判決を求むる次第である。

昭和二四年四月七日附準備書面(原告)

一、答弁書による被告主張については原告主張に反する事項は之を否認するところなるも、其第一項中原告と其長男が世帯名義を異にし居ることは之を認む。併し営農については元々親子の関係にて共同経営し居る者にして長男も本件山林を従来営農に使用し居り、この事実を前提として本件主張を為し来り相手方も之を承認の上裁定したるものにして、右前提に基き稼働人員も四名と主張し来たりたるものなり。

二、被告は本件山林が開発耕作最適地なりと主張するも、原告が既に主張しある如く本件山林附近若松町地域は一帯に耕作適地なり。

而して被告はまた広大面積山林所有者は進んで地元増反自作農創設の為解放中なりと主張するも、それは事実に反し、只買収なれば一反歩金一〇九円なるを、相対売買なれば一反歩金五、六千円に売却し得るを以て、一部所有者は先を見越し売抜け策に出て、また或者は一三町歩の買収指定ありたるを八町歩に懇願減反し貰う等の事実を存するのみなり。

原告は只管公平なる買収計画を念願するのみなるところ、本件買収計画に至りしは農地補助員たる清宮昇がその父に於て原告に私怨を有せるところより、原告を困却せしむる為、根古谷常次郎外、一一名(内半数は自作農創設に不適任者)を使嗾して未墾地買収計画を企図せしめ、実情に疎き農地委員をして買収の裁定を為さしむるに至りたるものにして、而して此裁定に拍車をかけたるは原告が右買収の風評を聞くに及び之には清宮親子が介在し居ることを察知し事、容易ならずと将来を予想したるより、他日に備える為農地委員会に宛て予め買収に異議ある旨を内容証明郵便を以て予告したるが、委員等は原告が斯かる行為に出でたることに反感を持ち遂に本件の如き買収裁決を見るに至りたるものなり。

本件が不公平なる買収なることは其経緯に照し明らかなるところなり。

昭和二四年七月一四日附第二回準備書面(原告)

一、私怨の内容

千葉市若松町中部落担当補助員清宮昇の実父惣吉が、去る昭和一八年秋、原告所有の本件山林中にて盗伐をなし原告石橋の告訴により刑事問題を起し再三原告に対し勘弁して呉れと懇願したのであるが、原告は後難を恐れて遂に勘弁しなかつた為め遂に罰金刑に処せられたのである。

爾来清宮父子は原告を怨み、会うても挨拶を替さざるに至りたりしが、今回未墾地買収問題起るや右昇が補助員たるを奇貨とし、原告を困却せしめ永年の怨をはらすは此時とばかり根古谷常次郎外一一名(内半数は自作農創設に不適任者)を使嗾して未墾地買収計画を企図せしめたる上、原告が本件山林を薪炭採草地として従来十分利用し居る事実を知り乍ら之を黙秘して根も葉もない虚偽の事実を報告して実情に疎き農地委員をして買収の裁定を為さしむるに至つた次第である。

答弁書

一、本件未墾地買収の対象である山林二筆が原告の所有であること、千葉市農地委員会が自作農創設特別措置法によつて昭和二三年六月一四日右山林二筆(内約五畝歩の池沼を含み七反歩を除いて)の買収計画を決定した処原告から之に対して異議の申立、訴願の提起があつたがいづれも排斥せられたことは認めるが、此の山林を以て原告の自家用薪炭、採草林として採草、製薪炭を為して居たことは否認する、原告は田畑一町一反四畝二五歩を耕作する自作農であるというが此の田畑は原告が約半分、原告と世帯を異にする原告の長男が残部を耕作して居るのである、原告の稼動人員四名というが原告の稼動人員は二人である。従つて右山林は原告の営農上欠くべからざるものとは謂えない。

二、千葉市農地委員会が買収計画を樹立した前記山林は大体に於ては東南側、東北側は道路に面し、西南側は畑地に隣接し、西北側は自然的防風林ともいうべき帯状の山林に隣接、その西北側は更に畑地であつて、交通至便、表土は相当に深度があり、平地林であつて、之を開発するも治水上に影響する処はなく、地元増反の為め之を開発耕作地となすには最適地である。而も此の未墾地買収計画は訴外者根古谷常次郎外一一名の申請があり、之等申請人に之を売渡しその者をして開墾させるときはその者等は現耕作地と合せて一町歩以上の自作農となるのであつて、自作農創設の上から最も適切である。

三、原告は本件未墾地を買収されるときは営農を破壊されると主張するが、原告は右山林を未だ曽つて薪炭採草地として利用したことはない。而も千葉市農地委員会は原告が田畑一町一反四畝余の自作農であると主張するから、薪炭採草地として北側にある池沼(約五畝歩)を含み七反歩を右山林の内から除外したので、原告の薪炭採草地としては営農上に支障を来すものではなく十分である。

四、原告は附近に於て広範囲の平地林が存在するに、夫れ等広大な面積の山林を買収しないことは不公平であり違法であると主張するが、かゝる広大な面積の山林所有者は目下自ら進んで地元増反自作農創設の為め解放中である。

また千葉市農地委員会は原告以外に小未墾地の買収計画を樹立し既に完了したものであつて、地元増反、自作農創設の為めに開発適地である以上は公正に之が計画を進めて居る処である。

昭和二四年四月七日附準備書面(被告)

一、本件未墾地買収計画は地元増反を目的とするものであり、原告は被告の買収計画を以て不公平である旨主張するけれども、買収計画が地元増反の為めであるから夫れが為めには之により耕作地としての適地でなければならない。其の適地選定に当つては千葉市農地委員会は不公平なることはなさない。其の職務を公平に執行して居る。

二、自作農創設の為めの耕作地として適地を選定するのであるから、地元未墾地所有者につき平等の割合を以て買収計画を樹てると云うことは出来ない。買収は一時に計画しなければならぬものではない。千葉市農地委員会は適地であることを認められる未墾地については其の計画を樹てる次第である。

三、千葉市農地委員会の地区内に於ける未墾地所有者中には進んで耕作地としての適地を既に約一二町歩、薪炭採草地として約八町歩を解放しつつあるものもある次第である。

昭和二六年四月二六日附第二回準備書面(被告)

一、千葉市農地委員会は会議体の機関である。即ち定員の過半数に当る委員が出席しなければ会議を開くことはできない。また其の議事は出席員の過半数を以て決することは農調法第一五条の二三に規定する処である。

また補助員は同法施行令第一八条によつて農地委員会が必要ありと認めて置いたものであるが、この補助員は農地委員会の構成員ではなく従つて会議の決議権もない。ただ農地委員会の手足となつて働くに過ぎないものである。

故に千葉市農地委員会の補助員たる清宮昇が仮に原告に対して私怨ありとするも、之により千葉市農地委員会の本件未墾地買収計画議決に影響する処はない。またかかる一個人の私怨の為めに利用されることは絶対あり得ない。また仮に右補助者が本件未墾地買収申請者等を使嗾したとしても、未墾地買収計画は該当地の開拓適否の決定は当時は千葉市農地委員会の議決によつて公正に行われる処であるから、原告の主張の如き補助員に私怨があつたと仮定するも、千葉市農地委員会の議決は之に左右されるものではない。

依つて原告の主張は失当である。

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